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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)1771号 判決

控訴人 橋本光雄

右訴訟代理人弁護士 中村洋二郎

右訴訟復代理人弁護士 高橋勝

被控訴人 田辺幸雄

右訴訟代理人弁護士 浦井鶴太郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。控訴人と被控訴人間の新潟簡易裁判所昭和五〇年(ロ)第七〇七号貸金請求事件について同裁判所が同年一一月二一日なした仮執行宣言を付した支命払令を認可する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠の関係は、左に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(主張関係)

控訴人

一  本件連帯保証契約は、被控訴人の代理人たる訴外長谷川璋也と控訴人間で適法になされたものである。

二  仮に、右長谷川が右行為について代理権を有しなかったとしても、被控訴人は、昭和四九年四月頃までの間、長谷川が市中の金融業者から融資を受けるについて数回にわたり長谷川の債務を連帯保証していたものであって、その際、作成される保証契約書に添付される被控訴人名義の印鑑証明書については、長谷川に自己の実印及び印鑑手帳を預け、右交付申請についての代理権を授与していたものであるから、本件保証契約は長谷川が有していた右代理権をこえてなした行為である。

而して、長谷川は、控訴人と本件保証契約を締結するにあたり、同人と勤務先を同じくする被控訴人の「新潟県商工労働部企業振興課副参事田辺幸雄」と印刷された名刺を持参し、かつ、被控訴人名義の印鑑証明書(昭和四九年四月三〇日付)、右印鑑証明にかかる印章が押捺されている被控訴人名義の委任状(同年五月八日付)と金銭借用証書(同日付)を持参したので、控訴人は長谷川に被控訴人を代理する正当な権限あるものと信じたのであり、かく信ずるについて正当の理由があるから、表見代理の規定により本人たる被控訴人はその責を免れることはできない。

被控訴人

一  被控訴人は、訴外長谷川に対し本件保証契約締結についての代理権を授与した事実はない。

二  被控訴人が、訴外長谷川が市中の金融業者から少額の金融を受け、これを借り替えるにあたり、何度かこれを保証したことはあるが、本件の如く一回に多額の借入金について保証したことはない。控訴人は貸金業者であり、しかも、本件貸付にあたり長谷川から被控訴人の勤務先の印刷された名刺の呈示を受けたものであるなら、その貸付金額の多額なることにかんがみ被控訴人に対し電話で問合せる程度の注意をすることが当然であるのに、これを怠ったものであるから、長谷川が本件保証契約をなすにあたり代理権ありと信ずるにつき正当事由ありということはできない。

(証拠関係)《省略》

理由

当裁判所は、当審における証拠調の結果を参酌しても、控訴人の本訴請求は失当であって棄却すべきものであると判断するものであるが、その理由は、次に付加するほか、原判決がその理由において説明するところと同一であるから右説明を引用する。

一  本件連帯保証契約が、被控訴人の代理人たる訴外長谷川によって締結せられたとの主張について

右控訴人の主張は、引用にかかる原判決認定事実に照らし失当である。

二  本件連帯保証契約につき、被控訴人は表見代理の法理により責任を免れないとの主張について

引用にかかる原判決認定事実に、《証拠省略》を合せ考えると、次の事実が認められる。《証拠判断省略》

(1)  被控訴人は昭和二三年五月より、訴外長谷川は同二二年より、共に新潟県に職を奉じ、同三〇年には商工労働部企業振興課で一緒に執務し、その後他課に分れたが、同四七年八月から再び企業振興課に配属され、共に副参事として一緒に執務していたものであること、

(2)  被控訴人は、昭和四七年八月頃から右長谷川の依頼により、長谷川が市中の金融業者から小口の金融を受くるに際し数回にわたりこれを保証したこと、そして、右金融にあたり作成される保証契約書に添付される被控訴人名義の印鑑証明書については、長谷川に自己の実印及び印鑑通帳を預け、同人に右交付申請についての代理権を授与したことがあったこと、

(3)  長谷川は、控訴人の経営する飲食店に客として出入りするうちに控訴人と親しくなり、控訴人に金融方を依頼するに至ったものであること、そして、同人は「新潟県商工労働部企業振興課副参事田辺幸雄」と印刷された被控訴人の名刺を示し、被控訴人からはこれ迄にも同僚として保証人になってもらっており、本件金借についても保証人になってもらうことについて承諾をえた旨説明したこと、

(4)  控訴人は、被控訴人とは全然面識もなかったが、右長谷川の説明により、被控訴人は長谷川に対し保証契約に関する一切の権限を委任しているものと信じ、被控訴人に対し何等の確認の措置をとらなかったこと、

(5)  控訴人は、長谷川から、同人が前叙(2)の如き経緯で被控訴人より預った印鑑を冒用して作成した印鑑証明書、委任状・金銭借用証書の交付を受け、昭和四九年五月八日に金一〇〇万円、次いで同年同月二四日に金八〇万円を貸付けたものであること、

ところで、右認定の如き事情のもとにおいては、金一〇〇万円ないし金八〇万円という多額の貸金について一介のサラリーマンたる被控訴人に連帯保証してもらう控訴人としては、主債務者たる長谷川の言を信用するだけでなく直接本人たる被控訴人に右権限授与の有無を確めるべきであり、通常人として、かかる注意力を用いることは当然期待せらるべきであるから、控訴人がかかる措置にでることなく漫然長谷川が右権限を有すると信ずるに至ったことについては、控訴人に過失があるという外はない。他に右認定を覆し、右正当の理由の存在を認めるに足るだけの証拠はないから、控訴人の本主張も理由がない。

よって、原判決は相当であるから、民事訴訟法第三八四条第一項によって本件控訴を棄却すべく、控訴費用の負担につき同法第九五条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡本元夫 裁判官 鰍沢健三 輪湖公寛)

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